全米第8位(2021年時点)の都市圏人口を抱えるアトランタ都市圏をはじめとして、今後も大幅な人口増加が見込まれるアメリカ南東部では、「南東回廊(Southeast Corridor)」と呼ばれる高速鉄道(高速陸上交通)整備構想が進められています。南東回廊の地域特性として、車中心の都市開発が進められてきたことで都市間鉄道がほぼ消滅してしまっていること、一定の需要が見込まれるアトランタ〜マイアミ、アトランタ〜ワシントンD.C.といった大都市圏同士の都市間距離が東京〜福岡間とほぼ同じ900km程度あるため、高速鉄道の利点を最大限に発揮できないことがあげられます。そのため南東回廊の整備にあたっては、まずワシントンD.C.、アトランタ、マイアミ都市圏における都市間鉄道ネットワークを強化することからスタートし、最終的に広域ネットワークを構築することを目指してプロジェクトが進められています。

今回は、南東回廊の実現に向けた都市間鉄道プロジェクトの概要について、都市圏人口、都市間移動需要、個別のプロジェクトの進捗状況、長期ビジョンの順にみていきます。

都市圏人口
南東部の都市圏人口分布(赤色は人口500万人以上、青色は人口150万以上、灰色は人口50万人以上)※データは2015年
Image: Southeast Rail Plan

上の図は、アトランタを中心に500マイル(約800km)圏内に位置する主要都市が示されたものです(2015年データ)。アトランタから800km圏内には都市圏人口500万人以上の大都市圏はありませんが、900km程度まで広げるとワシントンD.C.やマイアミ都市圏が位置しています。なお2021年現在、南東部最大の人口を有する都市圏はアトランタの約615万人で、次いでマイアミの約610万人となっています。また、北東部の南端で南東部に接するワシントンD.C.は、これら二つの都市圏よりも多い約640万人となっています。

南東回廊の駅10マイル(約16km)圏内の人口(2020年)
Image: Economic Benefits of High-Performance Rail

一方で、南東回廊が整備される予定のエリアから10マイル(約16km)圏内に50万人以上の人口を抱える都市は、ワシントンD.C.、リッチモンド、ローリー、シャーロット、アトランタ、ジャクソンビル、オーランド、タンパ、マイアミ、ナッシュビルなど合計10都市となっています。

Image: Southeast Rail Plan

将来の人口に目を向けると、南東部では2015年から2055年の間に、ワシントンD.C.〜アトランタ間、アトランタ〜タンパ間、アトランタ〜ナッシュビル間などの広範囲にわたって65%以上の人口増加が見込まれており、これは同時期のアメリカ全体の人口増加率26%と比較して、3倍近くの伸びと予想されています。

都市間移動需要
飛行機
Image: Southeast Rail Plan

現在、飛行機による都市間移動需要は、アトランタ・マイアミ間が最も多く年間約180万人となっており、次いでアトランタ・ワシントンD.C.の年間約110万人となっています(いずれも2015年データ)。

自動車
Image: Southeast Rail Plan

自動車による都市間移動では、南東部全体の移動数の半数近くがアトランタを目的地または起点としていいます。また、大都市圏同士の組み合わせであるワシントンD.C.〜アトランタ、アトランタ〜マイアミ間の移動数は、都市間距離が約900kmあるにも関わらず、飛行機とほぼ互角かそれよりも多くなっています(いずれも2015年データ)。

鉄道
南東部における都市間列車の運行体系
Image: FRA Southeast Region

現在、南東部ではアムトラックの都市間列車が9種類運行されています。しかし、これらの列車の多くは鉄道網が発達している北東部のニューヨークやワシントンD.C.と、南東部の主要都市を結ぶことが主目的の長距離列車となっています。したがって、事実上南東部で運行される中距離都市間列車は、北東回廊からバージニア州各都市へ乗り入れるノースイーストリージョナル(Northeast Regional)と、ノースカロライナ州内を運行するピードモント(Piedmont)のみとなっており、都市間移動における鉄道シェアは非常に少さくなっているのが特徴です。

Image: Amtrak
南東回廊(高速鉄道)に指定されている区間と整備/検討状況

米国運輸省(USDOT)傘下のFRAは、1992年にワシントンD.C.からシャーロットまでの区間を南東部高速鉄道回廊として指定しました。その後指定範囲が拡大され、現在はアトランタを南東回廊のハブと位置付け、フロリダ州の一部やテネシー州の各都市までを含む広範囲が南東回廊として指定されています。南東回廊ではこれまでに、ノースカロライナ州ローリー(Raleigh)からサウスカロライナ州コロンビア(Columbia)を経由してジョージア州サバンナ(Savannah)へ至るルートを除いて、高速鉄道の実現可能性調査が完了しており、これらの区間において高速都市間鉄道を整備することは可能としています。

南東回廊におけるプロジェクト進捗状況(2016年時点)
Image: FRA Southeast Region
ワシントンD.C.〜シャーロット

人口密集都市が集中する北東部から比較的近いバージニア州およびノースカロライナ州までの区間においては、専用軌道での高速鉄道の整備は都市圏規模的に難しいことから、在来線の改良、高速化するプロジェクトという形で整備が進められています。なお、2018年に整備が完了したピードモント改良プログラムについては、都市間列車の増発が主目的のプロジェクトとなっているため、最高速度は79 mph(127km/h)に抑えられています。

南東部(フロリダを除く)で唯一北東回廊に直通しない都市間列車となっているピードモント
Image: NCDOT
プロジェクト名整備区間事業内容速度向上状況
バージニア鉄道改造プロジェクト
Transforming Rail in Virginia 
ワシントンD.C.〜リッチモンド〜ニューポートニューズ/ノーフォーク
ワシントンD.C.〜ノアノーク
一部複々線化、待避線新設、速度向上、橋梁更新など127→145km/h
79→90 mph
2030年までに完成予定
ローリー・リッチモンドプロジェクト
Raleigh to Richmond Project
リッチモンド〜ローリー新バイパス線建設、高速化など127→177km/h
79→110 mph
2025〜2030年完成予定
ピードモント改良プログラム*
Piedmont Improvement Program
ローリー〜シャーロット複線化、駅舎リニューアルなど2018年に整備完了
*速度向上計画は現在のところなし
アトランタ・ハブ

南東回廊の中間点かつ最大の都市圏人口を有するアトランタは、南東部の鉄道ハブとして整備される構想となっています。また、在来線を改良する形で進められている上述のバージニア州などと異なり、アトランタ都市圏では都市間鉄道がすでに廃止されているため、アトランタから400km圏内にあるシャーロットやテネシー州チャタヌーガ(Chattanooga)といった区間において専用軌道による高速鉄道整備が可能か検討されています。これらの区間では、第一段階の環境アセスメント(Tier I EIS)がすでに完了していますが、実際のプロジェクト着工に必要となる環境アセスメント(Tier II EIS)が実施されるかは不透明な状況となっています。なお、アトランタとジャクソンビルを結ぶ区間やチャタヌーガからナッシュビルなどの区間については実現可能性調査のみが実施されています。

プロジェクト名整備区間検討内容想定最高速度状況整備完了ターゲット
アトランタ・シャーロット旅客鉄道回廊プロジェクト
Atlanta to Charlotte Passenger Rail Corridor Investment Plan
シャーロット〜アトランタ高速鉄道の可能性127〜354km/h
79〜220 mph
Tier I EIS完了2035年
アトランタ・チャタヌーガ高速陸上交通プロジェクト
Atlanta to Chattanooga High Speed Ground Transportation Project
アトランタ〜チャタヌーガ高速陸上交通の可能性Tier I EIS完了2045年
高速鉄道計画調査報告書
High-Speed Rail Planning Services Report
アトランタ〜ジャクソンビル、アトランタ〜ナッシュビル、アトランタ〜コロンバス、アトランタ〜バーミングハム*高速鉄道の可能性実現可能性調査完了2040〜2050年
*ガルフコースト回廊の一部
フロリダ(ブライトライン)

フロリダ州では、もともとマイアミ〜オーランド〜タンパ間で計画されていた「フロリダ回廊(Florida Corridor)」が中止となり、その代わりに民間都市間鉄道であるブライトライン(Brightline)のマイアミ〜ウェストパームビーチ間が2018年に開通しました。現在ブライトラインは、ウェストパームビーチ〜オーランド間の延伸工事を進めており、延伸区間の一部では、民間都市間鉄道として初となる最高速度200km/h運転を実施する予定です。さらに、オーランド〜タンパ間においては着工に向けた設計作業が行われています。一方で、アトランタ〜ジャクソンビル間で検討されている路線をマイアミまで延伸させるためには、ジャクソンビル〜オーランド間の整備も必要になりますが、同区間については現時点で具体的な調査は行われていません。

プロジェクト名整備区間事業内容最高速度状況
ブライトライン・フェーズ1
Brightline Phase 1
マイアミ〜ウェストパームビーチ民間事業者による都市間鉄道127km/h
79 mph
2018年開業
ブライトライン・フェース2
Brightline Phase 2
ウェストパームビーチ〜オーランド民間事業者による都市間鉄道201km/h*
125 mph*
2023年開業予定
ブライトライン・フェーズ3
Brightline Phase 3
オーランド〜タンパ、マイアミ〜ポートマイアミ民間事業者による都市間鉄道着工に向けた設計段階
*ウェストパームビーチ〜ボカラトン間は177km/h(110 mph)
長期的な高速鉄道整備ビジョン

南東回廊は、将来の人口増加に合わせて長期的な視点で整備していく必要があるため、バージニア州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州、ジョージア州、フロリダ州、テネシー州の6州と首都ワシントンD.C.のあるコロンビア自治区が南東回廊委員会(Southeast Corridor Commission)を発足させ、州ごとに検討が進む鉄道プロジェクトを同一ビジョンのもとで進めていく計画となっています。同委員会は、南東回廊の2055年長期ビジョン示した南東部鉄道計画(Southeast Regional Rail Plan)を2020年に公表しており、その中で2055年までに想定される高速鉄道網の整備を3段階に分け、それぞれの段階で予想される経済効果を検証しています。

ベースライン・ネットワーク
Image: Southeast Rail Plan

ベースライン・ネットワーク(Baseline Network)は、現在整備が進められているワシントンD.C.・シャーロット間における都市間鉄道改良プロジェクト、およびブライトライン(Brightline)のウェストパームビーチからオーランド延伸の整備が完了した段階となります。この段階においては、南東回廊の北端部と南端部において都市間鉄道の増発や一部高速化が実現しますが、アトランタを中心とした都市圏での整備が未完成のため、南東部全体での経済効果は限定的と予想されています。ただし、ワシントンD.C.からシャーロットの区間は、南東部最大都市圏の一つであるアトランタと北東回廊を接続する上で重要な区間となるため、この区間の整備を優先することでシャーロット以南の整備にも弾みがつくものと思われます。

バックボーン・ネットワーク
Image: Southeast Rail Plan

バックボーン・ネットワーク(Backbone Network)では、アトランタ・シャーロット間およびアトランタ・オーランド間において、最速達タイプ(Core Express)となる路線が整備されることが想定されています。この段階が達成されると、アトランタ都市圏を中心とした南東部の主要都市においても都市間鉄道の重要性が増すことになります。なお、南東回廊委員会が2021年に公表した報告書(Economic Benefits of High-Performance Rail in the Southeast)によると、シャーロット〜アトランタ〜オーランド間を最速達タイプとして整備する場合の建設コスト(2020年時点の予測)はおよそ300億ドル(4兆円)と見積もられていますが、建設コストを現在価値で比較した場合の経済効果は建設コストの倍以上とされています。

フル・ネットワーク
Image: Southeast Rail Plan

フル・ネットワーク(Full Network)では、ベースラインの段階で都市間鉄道の改良プロジェクトが完了しているワシントンD.C.・シャーロット間も最速達タイプとして新たに整備することで、南東部と北東部の主要都市圏が最速達タイプの高速鉄道によって一本で結ばれることになります。さらに、中・小規模な都市と高速鉄道を接続する支線(Feeder)が整備されることで、南東部の人口の約7割が都市間鉄道ネットワークによってカバーされることとなります。

まとめ

今後も人口増加が見込まれる南東部では、安定した都市間移動需要が見込まれるワシントンD.C.・アトランタ間およびアトランタ・マイアミ間の整備が望まれます。しかし、現時点でこれらの区間を一気に専用軌道の高速鉄道として整備するための財源確保は難しく、まずはワシントンD.C.、アトランタ、マイアミを中心に、中距離の都市間鉄道ネットワーク強化のための在来線高速化・近代化プロジェクトを優先しているのが現状です。

バージニア州およびノースカロライナ州の都市間列車高速化に対応する予定のアムトラックの新型車両イメージ
Image: Siemens

一方で南東回廊を専用軌道の高速鉄道として完成させることによる経済効果は、都市間移動時間の短縮、雇用創出、環境コストの削減、安全性向上、貨物輸送の効率化などを合わせると、その建設コストを上回ると予想されていることから、今後も南東部における都市間鉄道プロジェクトがどのように進んでいくのか、今後の動向が注目されます。

※1米ドル=134円で計算

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。