英国で建設が進む欧州最大のインフラプロジェクト「ハイスピード2」(概要編)

ハイスピード2(High Speed 2: HS2)は、ロンドンとバーミンガム、マンチェスターなどを最高速度360km/hで走行可能な高速鉄道専用線で結ぶプロジェクトで、欧州最大のインフラプロジェクトと言われています。現在、ロンドンからバーミンガム(ミッドランド西部)までの区間で建設工事が開始されているほか、ウェスト・コースト本線(West Coast Main Line)の主要分岐点の一つであるクルー(Crewe)までの区間についても着工準備が進められており、これらの区間は2029年から2034年にかけて段階的に開業する予定となっています。最終的に、クルーからマンチェスターまでの区間、ミッドランド西部からミッドランド東部までの区間においても高速鉄道専用線が整備される予定です。

Image: HS2

HS2の整備により、ロンドンおよびバーミンガムとイングランド中部および北部、さらにスコットランドの主要都市間の所要時間が最大で50分程度短縮されることとなり、英国の都市間鉄道ネットワークが大幅に改善されることが期待されています。

Source: HS2

※リシ・スナク英首相は2023年10月4日、建設費の高騰を主な理由としてフェーズ2の中止を発表、さらにロンドン・ユーストン駅についても民間からの資金が十分に得られない場合は整備しない方針であることを表明しました。

HS2の整備ルート(2023年2月時点の計画)

HS2は、ロンドン・ユーストン(London Euston)駅からマンチェスター・ピカデリー(Manchester Piccadilly)駅までを結ぶ区間、ターミナル駅として整備されるバーミンガム・カーゾン・ストリート(Birmingham Curzon Street)駅へ向かうデルタ線区間、ミッドランド西部付近から分岐してミッドランド東部エリアへ向かう区間からなる高速鉄道専用線です。なお、日本のミニ新幹線(山形・秋田新幹線)のように高速鉄道専用線から在来線への連絡線も整備されるため、HS2の列車は、リバプール、リーズ、ノッティンガム、さらにはスコットランドのグラスゴー、エジンバラといったHS2のルートから外れている都市へも乗り入れる予定です。

HS2の整備ルート(水色のラインは既存路線へ乗り入れて運行される区間)
Image: HS2

2023年2月現在、HS2の高速鉄道専用線は以下のとおり複数のフェーズに分けて整備される計画となっています。なお、フェーズ1についてはすでに着工されています。

整備区間設計最高速度距離建設コスト*1開業予定
フェーズ1ロンドン〜バーミンガム/ミッドランド西部360km/h225km350〜450億ポンド2029〜2033年*3
フェーズ2aミッドランド西部〜クルー360km/h58km50〜70億ポンド2029〜2033年*3
フェーズ2bクルー〜マンチェスター360km/h82km150〜220億ポンド2036〜2041年*4
フェーズ2b
(イースト)
ミッドランド西部〜イースト・ミッドランズ・パークウェイ360km/h128億ポンド*22030年代後半〜2040年代中頃*5
*1: High Speed Rail 2: An overview
*2: ミッドランド本線の改良工事を含む
*3: HS2 London to West Midlands
*4: HS2 West Midlands to Crewe
*4: Phase 2b Western Leg Information Paper
*5: IRP for the North and Midlands
フェーズ1(2029〜2033年開業予定)

フェーズ1ではロンドンからウェスト・コースト本線への連絡線が建設されるミッドランド西部のハンゼイカー(Handsacre)付近までの区間、およびバーミンガム・カーゾン・ストリート駅へアクセスするためのデルタ線区間が整備されます。なお、フェーズ1では、ロンドン・ユーストン駅、オールド・オーク・コモン駅、インターチェンンジ駅、バーミンガム・カーゾン・ストリート駅の4つの新駅が誕生する予定です。ただし、ロンドン・ユーストン駅の開業時期は他の駅よりも数年程度遅れる見通しとなっているため、フェーズ1開業から当面の間は、オールド・オーク・コモン駅がロンドン側のターミナルとなる予定です。

整備予定の駅接続路線開業予定**
ロンドン・ユーストン駅*
(London Euston)
ナショナルレール
ロンドンオーバーグラウンド
ヴィクトリア線(地下鉄)
ノーザン線(地下鉄) 
サークル線(地下鉄)
ハマースミス&シティー線(地下鉄)
メトロポリタン線(地下鉄)
2033年以降?
オールド・オーク・コモン駅
(Old Oak Common)
エリザベス線(地下鉄)2029〜2033年
インターチェンンジ駅
(Interchange)
バーミンガム国際空港APM(新交通システム)2029〜2033年
バーミンガム・カーゾン・ストリート駅
(Birmingham Curzon Street)
ナショナルレール
ウェストミッドランズメトロ(ライトレール)
2029〜2033年
*ロンドン・ユーストン駅は数年程度遅れて開業予定
**2021年11月に公表されたIRPに示されている想定
フェーズ2
フェーズ2a(2029〜2033年開業予定)

フェーズ2aでは、フェーズ1で整備される区間の北端部分となるミッドランド西部のフラッドリー(Fradley)から、ウェスト・コースト本線の主要分岐点の一つであるクルー駅手前までの区間(約58km)が整備されます。フェーズ2aが開業すると、マンチェスター、リバプールおよびスコットランド方面へ向かう列車は、ロンドンからクルー駅手前に建設されるウェスト・コースト本線への連絡線まで高速鉄道専用線を走行することが可能になります。

フェーズ2b(2036〜2041年開業目標)
*Golborne Linkの整備事業は中止
Image: IRP for the North and Midlands

フェーズ2bでは、クルー駅手前からマンチェスター・ピカデリー(Manchester Piccadilly)駅までの区間が整備される予定です。これにより、ロンドンからマンチェスターまでが高速鉄道専用線で結ばれることとなります。なお、マンチェスター方面へ行く高速鉄道専用線はクルー駅付近は地下トンネルとして建設され、HS2の新駅は設置されません。一方で、リバプールおよびスコットランド方面については、フェーズ2bの整備完了後もクルー駅手前からウェスト・コースト本線へ直通する方式で運行されることになるため、クルー駅の交通ハブとして役割は継続されることとなります。

整備予定の駅接続路線開業目標*
マンチェスター・エアポート駅
(Manchester Airport)
ナショナルレール
マンチェスターメトロリンク(ライトレール)
2036〜2041年
マンチェスター・ピカデリー駅
(Manchester Piccadilly)
ナショナルレール
マンチェスターメトロリンク(ライトレール)
2036〜2041年
*2021年11月に公表されたIRPに示されている想定
HS2 East(2030年代後半〜2040年代中頃開業目標
Image: IRP for the North and Midlands

フェーズ2b(HS2 East)では、ロンドンおよびバーミンガムとミッドランド東部方面を結ぶ区間が整備されます。新たに高速鉄道専用線として整備される区間は、ミッドランド西部からミッドランド本線への連絡線が建設されるイースト・ミッドランズ・パークウェイ(East Midlands Parkway)駅の手前までで、ロンドンおよびバーミンガムからHS2 Eastへ直通できるようにするため、デルタ線の北側から分岐することとなります。HS2 Eastが開通すると、ロンドンおよびバーミンガムからノッティンガム方面、およびダービー(Derby)/シェフィールド(Sheffield)方面を結ぶHS2列車が運行されることになります。なお、シェフィールドからリーズ(Leeds)へのルートについては、今後検討される予定となっています。

イングランド北部およびミッドランズの鉄道整備計画の見直し

HS2の当初計画では、ミッドランド東部の各都市方面への分岐点となるイーストミッドランドハブを新設し、そこからさらにリーズおよびヨーク付近までを高速鉄道専用線として整備することで、ロンドンからリーズ、北東イングランド方面への所要時間を短縮する計画でした。しかし、この計画は現在の同区間における最短ルートであるイースト・コースト本線(East Coast Main Line)経由よりも大幅のに遠回りのルートになることに加え、建設費の高騰や予想される工期の長期化などの影響を受け、イングランド中部および北部の鉄道整備計画が大幅に見直されることになりました。そのため、2021年11月に同エリアの総合的な鉄道整備計画をとりまとめた「Integrated Rail Plan for the North and Midlands: IRP」が公表されています。

Image: IRP for the North and Midlands

IRPでは、スピーディかつ経済的な整備方法でイングランド北部エリア全体の鉄道ネットワーク強化を図るため、ロンドンからリーズ、北東イングランド方面などへのアクセスに関しては、HS2経由ではなく、比較的線形に恵まれているイースト・コースト本線の改良および高速化で対応する方針が示されています。また、リバプール、マンチェスター、リーズなど、イングランド北部の鉄道アクセスを強化するために計画されている「ノーザン・パワーハウス鉄道(Northern Powerhouse Rail: NPR)」については、高速線整備区間をウォリントン〜マンチェスター〜マーズデン間(マンチェスター付近はHS2と共有)とし、その他の区間は既存路線の電化および主要駅の拡張のみとする方針です。これらの変更により、限られた予算で全体的にバランスのよい鉄道ネットワークの構築が可能となるほか、工期の大幅な短縮も期待されています。

Source: IRP for the North and Midlands

主要都市間の所要時間
ロンドンからの所要時間

ロンドンからイングランド中部および北部、スコットランド各都市への所要時間は以下のとおり約20〜50分程度短縮される予定です。

Image: IRP for the North and Midlands
現在の所要時間(分)HS2整備後の所要時間(分)
ロンドン〜バーミンガム8252
ロンドン〜マンチェスター12671
ロンドン〜リバプール13292
ロンドン〜ノッティンガム9257
ロンドン〜リーズ133113*
ロンドン〜ニューカッスル169145-148*
ロンドン〜グラスゴー269220
ロンドン〜エジンバラ270228
 *イースト・コースト本線経由
バーミンガムからの所要時間

バーミンガムからミッドランド東部、イングランド北部、スコットランド方面への所要時間についても、以下のとおり大幅に短縮される予定です。

Image: IRP for the North and Midlands
現在の所要時間(分)HS2整備後の所要時間(分)
バーミンガム〜マンチェスター8641-51
バーミンガム〜ノッティンガム7426
バーミンガム〜リーズ11879-89**
バーミンガム〜ニューカッスル194*167**
バーミンガム〜グラスゴー242200
バーミンガム〜エジンバラ247197
*パンデミック前の所要時間
**NPR経由の場合の所要時間

Source: IRP for the North and Midlands

運行パターン(2020年4月時点の想定)
IPRが公表される前の2020年4月時点に示されたHS2の想定運行パターン
Image: Full Business Case High Speed 2 Phase One

HS2ネットワークが完成すると、ロンドンからは1時間あたりバーミンガム行き3本、マンチェスター行き3本、リバプール行き1本、リバプール/ランカスター行き1本、グラスゴー/エジンバラ行き2本、マックルズフィールド行き1本の列車が運行され、ミッドランド東部方面などへ行く列車を含めて1時間あたり最大17本の列車の運行が可能となる予定です。なお、上述のとおり、ミッドランド東部方面へのHS2整備計画は大きく方針転換されたため、リーズ、ヨーク、ニューカッスルといった都市への運行パターンは大きく変更されると予想されます。

使用車両

HS2フェーズ1で使用される車両は、2021年12月に日立とアルストムのジョイントベンチャー(Hitachi-Alstom High Speed: HAH-S)が共同受注しました。同車両の最高速度は225mph(約360km/h)となり、フェーズ1の開業に合わせて合計54編成(1編成8両)が導入されます。なお、在来線への乗り入れや、2編成を連結した最大16両編成での運行も実施される予定です。

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