アメリカ最大の都市ニューヨークと首都ワシントンD.C.の間は、アメリカ屈指の鉄道大動脈である北東回廊(Northeast Corridor)によって結ばれています。アメリカ唯一の高速列車「アセラ(Acela)」が走る同線には、高速化などの設備投資が重点的に行われてきましたが、最初の区間が開通したのが1830年代と相当古い路線であることから、橋梁やトンネルなどの至る所で老朽化が進んでおり、大規模な修繕が待ったなしの状態です。北東回廊の修繕にはおよそ1兆ドル(100兆円)という巨額のコストがかかるとされており、これだけのコストをかけて修繕しても最高時速250km程度の運行しかできず、大幅な時間短縮も期待できないのが現状です。
そこで検討されているのが、ニューヨーク〜ワシントンD.C.間をJR東海が実用化した超電導リニアで結ぶ「ノースイースト・マグレブ(Northeast Maglev)」というプロジェクトです。ニューヨーク〜ワシントンD.C.間の超電導リニア建設費はおよそ100億ドル(約1兆円)とされており、北東回廊の修繕費よりも安く建設できる上、大幅な時間短縮が可能なので経済効果も大きいとされています。
建設ルート
ノースイースト・マグレブは、ニューヨークからワシントンD.C.までの区間(約360km)で検討されています。途中駅は、メリーランド州ボルチモア(Baltimore)、デラウェア州ウィルミントン(Wilmington)、ペンシルバニア州フィラデルフィア(Philadelphia)などに設置される予定です。
現在フェーズ1として、民間出資により設立されたボルチモア・ワシントン高速鉄道(Baltimore Washington Rapid Rail, LLC: BWRR)社がプロジェクト主体となり、ボルチモア〜ワシントンD.C.間(約64km)の着工を目指して準備が進められています。
所要時間
日本のリニア中央新幹線と同じく最高時速500kmでの運行が想定されており、その場合の各都市間の所要時間は以下のとおりです。
区間 | 所要時間 | 距離 |
---|---|---|
ニューヨーク〜ワシントンD.C. (New York – Washington D.C.) | 60分 | 約360km |
ボルティモア〜ワシントンD.C. (Baltimore – Washington D.C.) | 15分 | 約64km |
品川〜新大阪(参考) | 67分 | 約438km |
ニューヨーク〜ワシントンD.C.間の距離はリニア中央新幹線の品川〜新大阪間よりも短い約360kmで、最速所要時間60分となっています。
運賃
移動距離1マイルごとに1ドル〜2ドルの価格設定が想定されています。ボルティモア〜ワシントンD.C.間は64kmなので、単純計算で64〜128ドルの間になります。普通運賃はかなり高めの設定ですが、アムトラックのアセラは乗車時間約35分で運賃は80ドル前後(フレックス運賃)なので、同水準の価格設定を想定しているようです。なお、アセラは事前購入などで30ドル前後で購入することも可能なので、同様にフレキシブルな運賃も設定されるかもしれません。
フェーズ1で設置予定の駅
フェーズ1のワシントンD.C.〜ボルティモア間の区間は、大部分がトンネル区間として建設されます。ただし、建設費を抑えるため一部区間は高架線で建設されます。
ボルチモア(Baltimore)
ボルチモア駅は、チェリーヒル(Cherry Hill)付近に地上駅として設置する案、カムデン(Camden)駅付近に地下駅として設置する案の2案が最終候補として残っているようです。
チェリーヒル付近に建設する場合の地上駅のイメージです。
チェリーヒル駅周辺には大規模な駐車場のイメージも描かれています。
ボルチモア・ワシントン国際空港(Baltimore/Washinton International Airport)
ボルチモア・ワシントン国際空港(BWI Airport)駅は、空港ターミナルの直下に地下駅として設置する想定です。ターミナル直結となるとかなり利便性が良い駅となりそうです。
ワシントンD.C.(Washington D.C.)
ワシントンD.C.駅は、マウント・ヴァーノン・スクエア(Mount Vernon Square)付近に地下駅として計画されています。ワシントンメトロのメトロセンター(Metro Center)駅と繋ぐことで、ユニオンステーションなどへのアクセスを確保する想定のようです。
車両基地
車両の保守点検を行う車両基地建設場所は、3箇所(MD 198、 BARC Airstrip、BARC West)の候補地が検討されています。
車両基地のイメージです。
建設コスト
FEISでどのルートが選択されるかによりますが、ボルチモア〜ワシントン D.C.間の建設コストは100億ドル(およそ1兆円)と予想されています。このうち、日本から半分程度の出資が約束されており、残りの半分は米国政府の補助金やローン、民間出資によって賄われる予定です。
プロジェクトの状況
アメリカの環境アセスメント制度である国家環境政策法(National Environmental Policy Act:NEPA)に基づき、2021年に環境影響評価案(Draft Environmental Impact Statement: DEIS)が公表されました。環境影響評価では、超電導リニアの建設が地域社会、経済、環境などへどのような影響及ぼすかを建設しない場合と比較して評価されました。
同プロジェクトの最終環境影響評価書(Final Environmental Impact Statement: FEIS)は当初、2022年はじめごろに公表される予定でしたが、FEISのレビュー作業を行なっているアメリカ連邦鉄道局(Federal Railroad Administration: FRA)は、2021年8月25日に作業の一時中断を発表しました。このため、現時点(2023年8月時点)では、FEISの公表時期は2024年中頃までずれ込む見通しです。
これまでの経緯
アメリカでは1998年に「21世紀に向けた交通平等法(Transportation Equity Act for the 21st Century: TEA-21)」が制定され、磁気浮上式鉄道の導入可能性を探るための「マグレブ展開プログラム(Maglev Deployment Program: MDP) 」が発足しました。2001年にアメリカ連邦鉄道局(Federal Railroad Administration: FRA)は、MDPの環境影響評価書(Programmatic Environmental Impact Statement: PEIS)を公表し、工事前の準備計画を作成するための助成金支給対象候補として、以下7つのプロジェクト提案を選択しました。
州 | 区間 | 距離 (km) | 方式 | 担当機関 |
---|---|---|---|---|
CA | ロサンゼルス国際空港〜ユニオンステーション〜オンタリオ国際空港〜マーチ空軍予備役基地 | 133 | TRI* | California Business, Transportation, and Housing Agency(BTH) |
FL | ポート・カナベラル〜ケネディ宇宙センター〜スペースコースト・リージョナル空港 | 29 | Maglev 2000** | Florida Department of Transportation(FDOT) |
GA | ハーツフィールド・アトランタ国際空港〜チャタヌーガ | 178 | TRI* | Atlanta Regional Commission(ARC) |
LA | ダウンタウン・ニューオーリンズ〜ニューオーリンズ国際空港〜ポンチャートレイン湖北部エリア | 78 | TRI* | Greater New Orleans Expressway Commission(GNOEC) |
MD | ワシントンD.C.〜ボルティモア・ワシントン国際空港〜バルティモア | 64 | TRI* | Maryland Mass Transit Administration(MDOT) |
NV | プリム〜ダウンタウン・ラスベガス | 56 | TRI* | California-Nevada Super Speed Train Commission(CNSSTC) |
PA | ピッツバーグ国際空港〜ダウンタウン・ピッツバーグ〜モンロービル〜グリーンズバーグ | 76 | TRI* | Port Authority of Allegheny County(PAAC) |
*トランスラピッド(Transrapid International: TRI)はドイツが開発した常伝導電磁石方式リニア
**フロリダ州運輸局などが開発を試みたアメリカ市場に適応させた超電導電磁石方式リニア
FRAは最終的にメリーランドとペンシルバニアの2プロジェクトに絞り込み、それぞれ環境影響評価が実施されましたが、どちらのプロジェクトも財政面での調整がつかず一旦暗礁に乗り上げてしまいます。
その後、2014年ごろに転機が訪れます。当時、日本のインフラ技術輸出に力を入れていた安倍政権とJR東海は、当時のオバマ政権に対して超電導リニア技術の売り込みを積極的に行いました。その結果、ニューヨーク〜ワシントンD.C.間への導入を想定した超電導リニア技術の無償提供について両国の合意が交わされました。これを受け、当初ドイツのトランスラピッド方式で検討されていたワシントンD.C〜ボルチモア間のマグレブ計画には、日本の超電導リニア方式が採用される前提で計画が前進することになり、現在に至ります。
Source: FRA, Northeast Maglev, BWRR, BWMSP
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