アメリカ南東部最大の経済規模を有するジョージア州アトランタ(Atlanta)とノースカロライナ州最大の都市シャーロット(Charlotte)を結ぶエリアは、米国運輸省によって南東高速鉄道回廊として指定されており、2008年ごろから高速鉄道の整備に関する検討が実施されています。同区間では、これまでに実現可能性調査(Feasibility Study)と初期段階の環境レビュー(Tier 1 EIS)が完了しており、2021年6月にTier 1 EISの評価書(FEIS)および決定記録(ROD)が公表されました。同評価書では、アトランタ・シャーロット間は、最高速度200〜350km/hで走行可能な高速鉄道専用線として整備することが望ましいと結論づけられており、現在は、プロジェクトレベルの環境アセスメント(Tier 2 EIS)の実施に必要な資金を確保できるかが焦点になっています。
南東高速鉄道回廊(SEHSR)とは?
米国運輸省(United States Department of Transportation: USDOT)は、1991年に「インターモーダル陸上輸送効率化法(Intermodal Surface Transportation Efficiency Act of 1991: ISTEA)」が制定されたことを受け、高速都市間移動手段を整備することが望ましいエリアとして、「南東高速鉄道回廊(Southeast High Speed Rail Corridor: SEHSR)」含む5つの回廊を指定しました。SEHSRは、当初ワシントンD.C.からシャーロットまでの区間が対象となっていましたが、のちにアトランタ、さらにはフロリダ州に至る全長1,300マイル(約2,100km)におよぶエリアをカバーする構想へと拡大しています。SEHSRは複数の州に跨る壮大な構想のため、2019年に発足した「南東回廊委員会(Southeast Corridor Commission)」が中心となり、各州が共通の長期ビジョンのもとで段階的に整備をしていく予定となっています。
アトランタ・シャーロット高速鉄道(仮称)構想の概要
アトランタ・シャーロット高速鉄道構想では、これまでに実現可能調査および初期段階の環境影響評価(Tier 1 EIS)が実施されています。第1段階の環境レビューであるTier 1 EISでは、最終的に3つの案に絞られていた整備ルートが検討されましたが、費用対効果が最も高い「グリーンフィールド(Greenfield)」ルートが最終案として選定されました。同ルートは、シャーロット国際空港、グリーンビル・スパータンバーグ国際空港、アトランタ国際空港の3つの国際空港に直通するルートとなっているほか、シャーロットおよびアトランタ近郊を除いて、全て高速鉄道専用線として整備する構想となっています。そのため、最高速度は200〜350km/h程度が想定されており、実現すると両都市が2時間6分〜2時間44分で結ばれることになります。
路線延長 | 約280マイル(約450km) 路盤区間ーkm、橋梁区間ーkm、高架橋区間ーkm、トンネル区間ーkm |
分類 | コア・エクスプレス(Core Express) ※FRAの基準で専用軌道を時速200km以上で走行可能な移動手段のことを意味する。 |
整備費用 | 62〜84億ドル(8,319億〜約1兆1,272億円) ※2021年時点の試算 |
需要予測 | 580万〜630万人/年(2050年に予測される年間利用者数) |
使用車両 | ディーゼル方式または電車方式 |
最高速度 | ディーゼル方式の場合 シャーロット・ゲートウェイ〜シャーロット国際空港:130 km/h シャーロット国際空港〜アセンズ:200 km/h アセンズ〜アトランタ国際空港:110 km/h 電車方式の場合 シャーロット・ゲートウェイ〜シャーロット国際空港:180 km/h シャーロット国際空港〜アセンズ:350 km/h アセンズ〜アトランタ国際空港:180 km/h |
所要時間 | 2時間44分(ディーゼル方式の場合)、2時間6分(電車方式の場合) |
運行本数 | 8往復/日(ディーゼル方式の場合)、11往復/日(電車方式の場合) |
計画駅 | シャーロット・ゲートウェイ(Charlotte Gateway)駅 シャーロット国際空港(Charlotte Douglas Intl. Airport)駅 サウス・ガストニア(South Gastonia)駅 グリーンビル・スパータンバーグ国際空港(Greenville-Spartanburg Intl. Airport)駅 アンダーソン(Anderson)駅 アセンズ(Athens)駅 スワニー(Suwanee)駅 ドラビル(Doraville)駅 ジョージア・MMPT(Georgia Multi-Modal Passenger Terminal)駅 アトランタ国際空港(Hartsfield–Jackson Atlanta Intl. Airport)駅 |
主要な構造物 | トンネル:ー 橋梁:ー |
開業目標時期 | 2035年 |
高速鉄道の整備が検討されているエリアの現状
都市圏人口・経済規模
アトランタ、シャーロットを含むアメリカ南東部の都市圏は、米国の中でも特に人口増加が顕著なエリアで、人口増加の傾向は少なくとも今後30年程度は続くと予想されています。また、アトランタ都市圏は2020年において全米11位、シャーロット都市圏は同全米21位の経済規模を有しており、パンデミックの影響で成長速度の鈍化がみられたものの、今後も安定的な経済成長が見込まれています。
市域人口 (2020年) | 都市圏人口 (2020年) | 都市圏人口増減率 (2010〜2020年) | 予想都市圏人口 (2050年) | 都市圏GDP (2020年) | |
---|---|---|---|---|---|
シャーロット Charlotte, NC | 874,579 | 266万人 | +18.6% | 460万人* | 1,888億ドル (25兆2,744億円) |
グリーンビル Greenville, SC | 70,720 | 93万人 | +12.6% | ー | 476億ドル (6兆3,721億円) |
アセンズ Athens, GA | 127,315 | 22万人 | +11.9% | ー | 106億ドル (1兆4,190億円) |
アトランタ Atlanta, GA | 498,715 | 609万人 | +15.2% | 860万人** | 4,262億ドル (57兆548億円) |
*Charlotte Regional Business Alliance
**Atlanta Regional Commission
都市間移動
アトランタおよびシャーロットの両都市圏は、直線距離にして約226マイル(約364km)離れた場所に位置しており、これは東京から京都までの直線距離(約373km)とほぼ同じ距離となります。現在、両都市間の移動は自動車が主流となっており、所要時間は3時間45分から4時間程度となっています。自動車以外にも、航空便が1日14往復程度、高速バスが1日11往復程度、アムトラックの長距離列車「クレセント(Crescent)」が1往復運行されていますが、両都市圏とも車中心の都市構造となっているため、最終目的地までの移動も考慮すると現状では自動車が圧倒的に有利となっています。
移動方法 | 運行会社 | 最大運行頻度* | 最短所要時間** | 最安運賃*(片道) |
---|---|---|---|---|
自動車 (I-85経由) | – | – | 3時間45分 | – |
航空 | アメリカン航空 デルタ航空 | 14往復 | 1時間7分 | 112ドル (15,300円) |
バス | グレイハウンド フリックスバス メガバス パンダNYバス | 11往復 | 3時間45分 | 30ドル (4,100円) |
鉄道 | アムトラック | 1往復 | 5時間37分 | 50ドル (6,800円) |
高速鉄道 (想定) | – | 11往復 | 2時間6分 | – |
**交通渋滞による遅延、空港、駅、バス停までの所要時間は含まず
必要性
アトランタやシャーロットを含む南東部の都市部では、急激な人口増加によって交通渋滞が慢性化しており、それによる経済損失や環境問題などが深刻化しています。しかし、現状では自動車以外の移動手段の選択肢がほぼ無いに等しいため、より安全で大量輸送が可能な高速都市間移動手段の整備の必要性が高まりつつあります。Tier 1 EISでは、仮にアトランタ・シャーロット間に高速鉄道が整備された場合、都市間移動の29%が高速鉄道利用にシフトするとの推計が示されています。
種類 | 高速鉄道へシフトすると予想される割合(2050年の予想) |
---|---|
自動車 | 4% |
バス | 10% |
航空 | 15% |
課題
南東部は車利用を前提とした都市開発が行われてきたため、高速鉄道整備に対する住民の理解を得るのは容易ではなく、いかにして高速鉄道の整備に必要な巨額の資金を調達できるかが大きな課題となっています。さらに、最終目的地までの移動手段確保や設置予定駅周辺で予想される渋滞対策なども必要となるため、実現にはかなり高いハードルを乗り越える必要があります。
進捗状況
アトランタ・シャーロット高速鉄道構想については、2008年に実現可能調査が終了し、その後、2021年に第1段階の環境影響評価であるTier 1 EISが完了しています。Tier 1 EISは、資金調達の見通しがつく前の段階で実施されるざっくりとした内容の環境レビュープロセスとなっています。したがって、今後は資金調達先を示した上で進める必要がある詳細な環境レビュー(Tier 2 EIS)へ移行できるかが焦点となります。なお、Tier 2 EISでは、アトランタ中心部およびシャーロット中心部への詳細なルートに加えて、各駅の正確な位置や規模、整備方式(電化または非電化)などについて検討される見込みです。また、南東回廊委員会では、アトランタ・シャーロット高速鉄道構想の開業時期について、2035年を一つのターゲットとして示しています。
その他の都市間鉄道計画
アトランタ・シャーロット間では、アムトラックの中・長期ビジョンを示した「コネクトUS(Connects US)」の中で、日中時間帯に運行する都市間列車を新設する計画があります。具体的には、日中時間帯にシャーロット・ローリー間で運行される「ピードモント(Piedmont)」のうち、2往復をアトランタまで延長運転することが計画されています。しかし、アムトラックが計画する都市間列車は、現状の「クレセント(Crescent)」と同じく貨物列車会社が保有する単線の路線を使用することになるため、大幅な増発や速度向上は想定されていません。
※1米ドル=134円で計算
コメントを残す