2021年10月12日に発生したワシントンメトロ脱線事故に関する調査結果がまとまる

米国国家運輸安全委員会 (National Transportation Safety Board: NTSB)は1月4日、2021年10月12日に発生したワシントン首都圏交通局(Washington Metropolitan Area Transit Authority: WMATA)7000形車両の脱線事故に関し、WMATAの安全管理体制に問題があったことが主な要因とする最終報告書をまとめ、報道関係者向けの記者会見を実施しました。この事故は、ブルーラインを走行中の7000形車両8両編成(乗客187名)が、ロズリン(Rosslyn)駅を出発した直後に、前から4両目の車両の一番後方の車輪が脱線したものです。その後、脱線した台車や他の7000形車両の一部に車輪間隔の拡大が確認されたため、10月17日以降、同形車両の運行を全面中止とする事態に発展しました。この事故によるケガ人等はいませんでしたが、長期間にわたりアメリカの首都を走る地下鉄利用者に大きな影響を出す結果となりました。なお、7000形車両は川崎重工の現地法人であるKawasaki Rail Car Inc.が製造したものであることから、日本でもニュースとして取り上げられました。

脱線事故の概要
2021年10月12日に7000形(車両番号7200)が脱線した箇所
Image: NTSB

2021年10月12日午後4時49分ごろ、ブルーラインで運用中の7000形8両編成(乗客187名、乗員1名)は、ロズリン(Rosslyn)駅南に位置するトンネル内をアーリントンセメタリー(Arlington Cemetery)駅方面に時速約60kmで走行中、4両目の車両(車両番号7200)の一番後方の車輪が脱線し、約130メートル進んだ地点で停車しました。さらに、事故車両の同じ車輪は、同日の午後3時24分ごろと午後4時13分ごろに別の場所でも脱線していましたが、その後すぐに復線していたため、運転手は異常に気付くことなく運行が継続されていたことも後の調査で判明しました。なお、3回発生した脱線において車両が線路から大きく逸脱する最悪の事態には至らなかったため、この事故によるケガ人等はいませんでした。

脱線原因

米国の輸送に関連する事故を調査、原因究明、対策を考案する国家機関であるNTSBは、この事故に関する調査を取りまとめた最終報告書(Railroad Investigation Report RIR-23-15)を2023年12月12日付でとりまとめました。同報告書では、脱線した車両(車両番号7200)は事故当日、4番目の輪軸(Wheelset #4)の車輪間隔が仕様の範囲である53.25〜53.375インチを2インチ超えた状態で走行しており、脱線現場付近の分岐器を通過した際に車輪が線路上に乗り上げて脱線に至ったとしています。なお、同日に別の場所で発生した2回の脱線を含む合計3回全ての脱線は、軌道・運行システムの不具合、および乗務員の体調不良・誤動作に起因したものではないと結論づけられています。

車輪間隔が拡大した原因
車輪が外側に移動したためにできた隙間(事故車両のもの)
Image: NTSB

脱線した車輪は、車軸の外側に向かって移動していることが確認されました。また、剥き出しになった車軸の外径部分には、車軸の中心に近いほど空気に触れていた時間が長いことを示す錆が多く確認できたため、車輪間隔は、車輪を車軸に圧入する際の圧力が十分でなかったことにより、時間の経過と共に徐々に拡大していったものとされています。なお、脱線した当該車両は、2021年7月28〜29日にかけて実施された90日間隔の定期検査を通過しているほか、脱線事故が発生した当日の目視検査でも異常は報告されていないため、車輪間隔の拡大がいつごろからどのくらいのペースで進行していったかはわかっていません。

7000形製造中に車輪を車軸に挿入する圧入値の仕様を変更

WMATAでは、2014年ごろにレガシーフリートと呼ばれる旧型車両において車輪間隔の拡大が確認されたことから、車輪を車軸に圧入する際の圧力を上げる必要があると判断しました。それを受けて、当時すでに製造中であった7000形車両についても、2017年6月に車輪を車軸に圧入する際の圧力を55〜80トンから65〜95トンへ引き上げることを決定します。しかし、全体のおよそ3分の2にあたる493両の7000形についてはすでに製造されていたため、変更後の圧入値で組み立てられた輪軸は、この決定以降に製造された255両でのみ使用されることになります。そして、変更前の圧入値で組み立てられた輪軸を使用していた493両については、異常があれば90日間隔で実施される定期検査で発見できると考え、そのまま営業運転が続けられることになりました。なお、脱線事故を起こした車両は変更前の圧入値で組み立てられた輪軸を使用していました。

圧入値の仕様製造された両数
55〜80トン493
65〜95トン
(2017年6月以降)
255
合計748
2つの異なる圧入値の仕様を用いて輪軸が組み立てられた7000形車両とその両数
出典:NTSB(Railroad Investigation Report RIR-23-1
7000形において車輪間隔の拡大が確認された件数

最終報告書によると、7000形で初めて車輪間隔の拡大が確認されたのは2017年3月で、その後、毎年1〜4件程度の頻度で同様の事例が報告されていたとされています。そして、2021年には脱線事故が発生するまでのおよそ10ヶ月の間に、車輪間隔の拡大が確認された回数が18件と大幅に増加していました。さらに、事故後の検査では、新たに50の輪軸の車輪間隔が仕様範囲の最大値またはそれ以上の状態であったことも確認されています。なお、車輪間隔が仕様範囲を上回っていることが確認された輪軸のほとんどは圧入値が変更される前に製造されたものでした。

確認件数
20174
20181
20194
20204
2021
(10月12日まで)
18
(事故後に実施した全車両を対象とした検査)50
合計81
車輪間隔が仕様の範囲内を超えていた7000形車両の輪軸数の推移
出典:NTSB(Railroad Investigation Report RIR-23-1
WMATAがとった対応

7000形車両で車輪間隔の拡大が確認された件について、WMATAの7000形プログラム責任者は、発生頻度の低い製品信頼性に関わる問題として処理していました。なお、車輪間隔の拡大が確認された輪軸はメーカー保証による交換で対応することとなり、鉄道機械部門の責任者も、この問題の根本的な原因を調べるための経過分析を実施していませんでした。そのため、2021年に車輪間隔の拡大が確認される事例が大幅に増加していたにも関わらず、今回の脱線事故が発生するまでWMATAの責任者がこの異変に気づくことはありませんでした。

時期主な出来事WMATAの対応
2014年一部のレガシーフリート(旧型車両)で車輪間隔が仕様の範囲内を超えているのを確認対応策を検討するための調査を開始
2017年
3月
7000形車両で車輪間隔が仕様の範囲内を超えている事例を初めて確認すでに仕様変更を予定していたため特別な対策はとらず
2017年
6月
車輪を車軸に圧入する際の圧力を55〜80トンから65〜95トンへ引き上げ、新たな仕様による7000形車両の製造を開始仕様変更前の車両については90日間隔の定期検査で十分と判断
2017〜2020年7000形で車輪間隔が仕様の範囲内を超えている事例を年数回程度確認発生頻度の低い製品信頼性に関わる問題として処理、経過分析も実施せず
2021年7000形で車輪間隔が仕様の範囲内を超えている事例が大幅に増加有効な安全管理体制が機能していなかったため、全ての責任者が異変を見落とす
2021年
10月12日
脱線事故発生
脱線事故に至るまでの主な出来事とWMATAの対応
出典:NTSB(Railroad Investigation Report RIR-23-1
再発防止策

今回の事故に関してNTSBは、WMATAが経過分析を実施していれば車輪間隔の拡大に対して適切な対応を取ることができたはずであり、今回の脱線事故は確実に防ぐことができた事故だとしています。また、WMATAは過去にも脱線事故などの重大事故を起こしており、その度にNTSBから安全管理に関する是正措置の実施を求められてきたにも関わらず、適切な措置が講じられてこなかったことについても触れられており、WMATAの安全管理に対する考え方に問題があったことが事故に繋がった主な要因だとしています。NTSBは、再発防止策として経過分析の速やかな実施体制を整えることをWMATAに求めているほか、ワシントン地下鉄安全委員会(Washington Metrorail Safety Commission)に対しても、WMATAが確実に再発防止策を実行しているかを監視すると同時に、必要な支援を提供していくことを求めています。

7000形車両への今後の対応

WMATAによると、2017年から2022年にかけて車輪間隔の拡大が確認された輪軸の調査を実施した結果、7000形車両の車輪を車軸に圧入する際に必要な圧力は、2017年6月に変更された圧入値よりもさらに高い80〜120トンにまで引き上げる必要があることがわかりました。WMATAはこれを受けて、2023年7月31日から7000形車両全てを対象とした輪軸の交換作業を開始しており、作業完了までには約3年の期間を要する見込みです。なお、輪軸の交換作業が完了した7000形車両については、検査間隔を現在の30日から60日に引き延ばす予定です。

WMATAは輪軸の交換に必要な約5,500万ドル(約82億円)の費用を全額車両メーカーが負担するよう求めていますが、NTSBの最終報告書では川崎重工のグループ会社であるKawasaki Rail Car Inc.の契約履行上の瑕疵は指摘されていないことから、WMATAに対して同社が交換費用を負担する必要はないとの回答をしています。

※1米ドル=148円で計算

参考文献
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