アメリカの首都ワシントンD.C.からバージニア州の州都リッチモンド(Richmond)までを結ぶ鉄道路線では、「DC2RVA(DC to Richmond Southeast High Speed Rail)」と呼ばれる都市間鉄道プロジェクトが進行中です。DC2RVAは、アメリカ合衆国運輸省が指定する「南東高速鉄道回廊(Southeast High Speed Rail Corridor: SEHSR)」の整備を目的として、ワシントンD.C.からノースカロライナ州シャーロット(Charlotte)までの区間で進められている既存鉄道インフラ改良プロジェクトの一つとなっています。同プロジェクトが完了すると、ワシントンD.C.とリッチモンドを結ぶ都市間列車が毎時1本運行に増発されるほか、同区間の最高速度が79mph(127km/h)から90mph(145km/h)へ引き上げられる予定です。
Source: DC to Richmond SEHSR、Transforming Rail in Virginia、Southeast Corridor Commission、Amtrak
DC2RVAの概要
背景
ワシントンD.C.よりも南に位置するアメリカ南東部の鉄道路線は、貨物列車の運行が中心の非電化路線となっており、最高時速200km以上で走行可能な都市間列車が多く運行されている「北東回廊(Northeast Corridor)」とは対照的に、都市間列車への大規模投資が実施されてきませんでした。しかし、1990年代以降になるとワシントンD.C.からシャーロット(のちにアトランタやジャクソンビルまで拡大)までの区間が南東高速鉄道回廊として指定され、高速都市間移動手段に関する環境アセスメントが開始されました。
その結果、ワシントンD.C.からシャーロットまでの区間については、既存インフラの改良を軸に都市間列車の輸送力増強および速度向上を実施することによって、高速都市間移動手段の整備を実施することになりました。DC2RVAは、南東高速鉄道回廊のうち、ワシントンD.C.からリッチモンドまでの区間で進められているプロジェクトとなります。
ワシントンD.C.〜リッチモンド間を走る都市間列車
現在、ワシントンD.C.からリッチモンドの間ではアムトラックの都市間列車が1日最大10往復程度運行されています。なお、同区間ではアムトラックの列車以外に、1日20〜30本運行される貨物列車やバージニア・レール・エクスプレス(VRE)の通勤列車と線路を共有しているため、これ以上の増発や速度向上が難しい状況となっています。さらに、リッチモンドをとおるアムトラックの列車の多くは市内中心部から近いメイン・ストリート(Main Street)駅ではなく、郊外にあるステープルズ・ミル(Staples Mill)駅のみに停車するため、自家用車やバスと比較して利便性があまり良いとは言えないのが現状となっています。
列車名 | 運行区間 | 運行本数 |
---|---|---|
ノースイースト・リージョナル Northeast Regional | ボストン〜リッチモンド/ニューポートニューズ/ノアフォーク | 最大6往復* |
カロリニアン Carolinian | ニューヨーク〜シャーロット | 1往復 |
パルメット Palmetto | ニューヨーク〜サバンナ | 1往復 |
シルバーメテオ Silver Meteor | ニューヨーク〜マイアミ | 1往復 |
シルバースター Silver Star | ニューヨーク〜マイアミ | 1往復 |
区間 | 所要時間 | 車での所要時間* |
---|---|---|
ボストン〜リッチモンド** | 10:23〜11:33 | 08:30〜11:50 |
ニューヨーク〜リッチモンド** | 05:53〜06:24 | 05:00〜06:20 |
ワシントンD.C.〜リッチモンド** | 02:03〜02:19 | 01:40〜02:10 |
**ステープルズ・ミル駅
整備ルートおよび目的
DC2RVAは、南東高速鉄道回廊のうち、ワシントンD.C.からリッチモンドまでの全長123マイル(約198km)の区間が対象となっており、同区間における都市間列車の増発、高速化、遅延対策を実施、さらにリッチモンドからシャーロットまでの延伸を見据えた競争力のある都市間列車サービスを提供することを目的に実施されています。
主な事業内容は、旅客列車と貨物列車の運行を分離するための三複線化および複々線化、速度向上のための線形改良、駅改良、線路を保有する貨物鉄道会社からの優先通行権(ROW)の取得などとなっています。
各区間ごとの事業内容
アーリントン
多くの列車が発着するワシントンD.C.の南に位置し、アムトラック、VREのフレデリックスバーグ(Fredericksburg)線およびマナサス(Manassas)線、貨物列車の共有区間となっているポトマック川(Potomac River)に架かるロングブリッジ(Long Bridge)は、ワシントンD.C.以南の鉄道路線おいて最大のボトルネックと言われており、ラッシュ時の使用率は98%に達しています。
このボトルネック解消のため、現在のロングブリッジの西側に新たな鉄道橋を建設し、同区間の複々線化が実施されます。なお、ロングブリッジの複々線化工事は「ロングブリッジ・プロジェクト(Long Bridge Project)」として実施されます。
ノーザンバージニア
アムトラック、VREのフレデリックスバーグ線の列車、貨物列車の共用区間となっているノーザンバージニアエリア(約76km)では、アレクサンドリア(Alexandria)付近までの複々線化、アレクサンドリア以南で複線区間となっている区間の三複線化が実施されると同時に、最高速度が90mph(145km/h)へ引き上げられます。また、アムトラックおよびVREが停車するアレクサンドリア駅およびウッドブリッジ(Woodbridge)駅のホーム拡張なども実施されます。
フレデリックスバーグ
フレデリックスバーグ周辺の延長14マイル(約26km)の区間においては、複線区間の三複線化およびフレデリックスバーグ駅の改良が実施され、同区間の最高速度が90mph(145km/h)へ引き上げられます。
アムトラックおよびVREの列車が停車するフレデリックスバーグ駅の改良工事では、三複線化に合わせたホームの拡張、新たな駅舎および駐車場の整備が実施されます。
セントラルバージニア
セントラルバージジニアエリアの29マイル(約47km)の区間は、アムトラックと貨物列車の共用区間となっており、三複線化と最高速度の90mph(145km/h)への引き上げが実施されます。
アシュランド
アシュランドエリアでは、当初検討されていたアシュランド(Ashland)駅周辺のバイパス線の整備が事業の対象から外れたため、同駅周辺を除く区間においてのみ三複線化が実施されます。このため、同駅周辺はワシントンD.C.からリッチモンドの間で唯一複線区間として残ることになります。
リッチモンド
リッチモンドエリアでは、CSXトランスポーテーションが保有する貨物線(S Line)のメイン・ストリート駅以北の三複線化が実施されます。これにより、全てのアムトラック旅客列車(オートトレインを除く)がリッチモンド中心部に近いメイン・ストリート駅を経由することが可能になります。また、南北を結ぶ貨物列車は基本的にA Lineと呼ばれる貨物線を使用することになるため、旅客列車と貨物列車の運行を分離することが可能となります。さらに、メイン・ストリート駅以南では、一部単線区間の複線化が実施され、直線区間では最高速度が90mph(145km/h)に引き上げられます。
ステープルズ・ミル・ストリート駅では、新たに新設される本線軌道に合わせてホームが新設されるほか、新駅舎および駐車場が整備されます。
メイン・ストリート駅では、リッチモンドをとおる全てのアムトラック列車が停車することになるため、本線軌道をピーターズバーグ方面およびニューポートニューズ方面にそれぞれ1本増設し、それに合わせたホームの拡張・新設が実施されます。
DC2RVA整備後の列車運行パターン
DC2RVAの整備が進む2030年末ごろには、ワシントンD.C.とリッチモンドを結ぶアムトラックの都市間列車は1〜2時間に1本の運行(1日15往復)となる予定です。また、リッチモンドから南の整備区間であるノースカロライナ州ローリー(Raleigh)の間で進められるプロジェクト(Richmond to Raleigh: R2R)が完了すると、北東回廊とノースカロライナを結ぶ高速都市間列車が新たに4往復運行されることになるため、ワシントンD.C.とリッチモンドの間では毎時1本(1日19往復)の都市間列車が運行されることになります。なお、DC2RVAの整備完了後の所要時間については、2023年3月現在において正式な情報は発表れていません。
運行区間 | 運行本数 (2023年) | 運行本数 (2026年) | 運行本数 (2030年) | 所要時間* |
---|---|---|---|---|
ワシントンD.C.〜リッチモンド・ステープルズ・ミル Union Station – Staples Mill | 10往復 | 12往復 | 15往復 (19往復**) | ー |
ワシントンD.C.〜リッチモンド・メイン・ストリート Union Station – Main Street | 3往復 | 3往復 | 15往復 (19往復**) | ー |
**R2Rの整備が完了している場合
DC2RVAの整備によって、アムトラックの旅客列車だけでなくVREの列車も増発される予定となっています。これにより、ワシントンD.C.〜スポットシルベニア(Spotsylvania)間のフレデリックスバーグ線は8往復から14往復、ワシントンD.C.〜ブロードラン(Broad Run)間のマナサス(Manassas)線は8往復から11往復に増発される予定です。
使用車両
南東高速鉄道回廊のワシントンD.C.からリッチモンド間で運行される列車のうち、ノースイースト・リージョナル(Northeast Regional)、パルメット、カロリニアンには、2026年にデビューを予定しているシーメンス製の新型車両「アムトラック・アイロ(Amtrak Airo)」が投入される予定です。同車両は、電化区間である北東回廊と非電化区間であるワシントンD.C.以南を、機関車の交換なしに直通運転できる設計となっているほか、最高速度200km/hでの運転にも対応する予定です。
また、ニューヨークと南東部を結ぶ長距離列車については、2030年代前半までに新型車両への置き換えが完了する予定(ビューライナー2を除く)となっており、こちらもDC2RVAの整備が進む2030年ごろには新型車両での運行になると予想さます。
今後の予定
DC2RVAは現在、バージニア州旅客鉄道局(Virginia Passenger Rail Authority: VPRA)が2020年に発足した「バージニア鉄道改造イニシアチブ(Transforming Rail in Virginia)」によって、州内の他の鉄道プロジェクトと足並みを揃えながら4段階のフェーズに分けて進められています。
現在、ロングブリッジプロジェクトを含むバージニア州北部を中心に実施されるフェーズ1および2については財源が確保されており、2030年までに事業が完了する予定です。さらにフェーズ3および4については、今後、財源が確保され次第事業を進める計画で、全てのフェーズが完成するとワシントンD.C.からリッチモンドのほぼすべての区間において旅客列車と貨物列車の運行が分離できるようになり、旅客列車の更なる速度向上や増発が可能になる見込みです。
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